院長コラムhead doctor’s blog
障害特性を持つ方の在宅医療②19.7.8
2回目の訪問では、ご本人と触れ合うことをテーマとしました。
両親に本人の好きな言葉や動きを教えてもらい、彼と一緒に遊ぶ感じでやってみました。
また子供向けの電車のビデオが大好きなので、一緒に見たりもしました。
そうやっているうちに徐々に慣れてくれて、訪問しても驚いたり大声を出したりしなくなりました。
「今日は食べましたか?」「お腹の痛みはないですか?」ような簡単な質問に対して、本人のYes or Noの仕草も理解できるようになりました。
あとは両親が普段の様子を詳細に報告してくれるので、私も彼に必要な訪問診療の提供が出来るようになってきました。
訪問開始から1か月半を過ぎると、徐々にがんの痛みが出現し食事量も減ってきました。
医療用麻薬を導入すると疼痛も軽減し、普段に近い生活を継続出来ました。
この頃には本人も完全に私の事を「自分の味方」と認識してくれています。
2か月半を超えた辺りから、腹水が増えて寝ていることが多くなりました。
それでも調子のいい日は、本人の大好きな両親と3人でのドライブに出かけていました。
亡くなるまでの2週間はほとんど寝たきりでしたが、両親の手厚い看病の元で穏やかに過ごしました。
幼少の頃より座薬も使用していたので、レスキューの座薬もお母さんが慌てずに上手に入れてくれます。
そして訪問開始から3カ月半が過ぎたある日、彼は両親と姉に見守られながら静かに旅立ちました。
私が初めに心配した、「自分にはこの患者さんを担当出来るかな」という思いは杞憂に終わりました。
他の患者さんとほとんど同じ関わりで看取りまで担当することが出来ました。
唯一心掛けたことは、彼と同じ目線に合わすことだけでした。
例えば・・・、
訪問初期の頃は、室内を歩き回ってなかなか診察をさせてくれませんでした。
いつも彼は和室に布団を引いて寝ており、その布団の横に先に私が寝て待っていると、
しばらくしてから彼も布団に横になってくれて、そして診察をしていました。
どうしてもドライブに行きたい時と私の訪問時間が重なった時は、
彼は車の中で両親を待っていて、車から出てきませんでした。
そんな時は無理に車から出さずとも、両親に調子を確認したら済みます。
(調子が悪ければドライブに行こうとはしないハズですからね)
この経験をして以降、今では何人かの知的障害をお持ちの方も担当しています。
今回の話、まだ続きがありますので、それは次回に。